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バリ島での結婚式 wedding at bali




読み物中心です。
出発前の旅行会社・ウエディング会社の選び方から、帰国までの日記です。
興味のある方は気長に読んでみてくださいね。
なお、作者の個人的な考え方による、わがままな主張がまかりとおっていますので、
その辺はご了承くださいませ。

出発前 01* 旅行会社・ウエディング会社の選び方〜。

02* ホテルはメリア・バリ(ガーデン・ヴィラ)に決めました!
1日目 03* いざ出発!

04* 到着したその夜「やっぱりメリア・バリでよかったぁ〜。」
2日目 05* 2日目は挙式の打ち合わせ&衣装選び
3日目 06* 3日目午前はいよいよ結婚式本番で〜す!

07* 3日目午後は2人でウロウロバリ満喫。
4日目 08* 4日目はホテルでのんびり〜。
5日目 09* 5日目はキンタマーニ・ウブド・タナロットetc
6日目 10* ついに最終日。

追記

バリ島無差別爆弾テロから思う事(2002年10月17日)

10月12日に大変残念な事件が起きてしまいました。バリ島クタのサリクラブで爆弾テロがあり多数の死傷者がでてしまったそうです。多数がオーストラリアの方で、日本人もいたとのことです。

東南アジアのインドネシアはいろいろなことがある国です。その度に旅行客は激減します。

まず最初は1990〜1991年の湾岸戦争。1995年にはバリ島でコレラ騒ぎ、1998年のジャカルタ暴動、1999年は選挙騒ぎ、2000年にはスラウェシ州ポソにて住民抗争、パプア州の分離独立運動、2002年東ティモール独立にともなう西ティモールへの避難民の逆流、マルク州の住民抗争、ナングル・アチェ・ダルサラム州の独立運動・・・。

書き出してみると、よくもこれだけいろいろなことが起こるな・・・と改めて驚きます。しかし、バリ島に限っては紛争などの心配は全くの皆無だと言われていました。

バリ島の観光産業は貴重な収入源であったこともあるのでしょうか、「バリだけは安全」とインドネシア政府は主張しており、実際安全だったのです。外務省の渡航情報もバリ島の危険度は低いものでした。
旅行社につとめていたときも、「バリ島は安全なのに、一部の地域が危険なために観光客が減ってしまって残念だな〜」なんて話をしていたのでした。

それでも浮き沈みを繰り返しながらも「癒し」をキーワードに楽園として、次第に日本人の観光客も戻ってきつつあり、リピーターも多いバリ。

バリ人の95%はヒンドゥー教徒ですが、インドのヒンドゥー教とは一味違い、仏教、ジャワニーズ、土着信仰などが統合された独自の信仰だそうです。バリの人々からは強い神々への信仰心を感じ取ることができます。毎日、家や仕事場、道路など、いたるところでお花や食事などの入ったトレイを見ることが出来ます。そんなこととは知らず気にもとめていなかった私がボーッ歩いているだけで何度となくあちこちに見かけて「これは一体なんだろう?」と疑問を持つくらいなのですから、単なる飾りではないことがわかります。お祭りも神への捧げ物の一つで、それに伴うバリダンスも観光客だけのためのものではありません。

独自の宗教とバリ人の信仰の厚さ。伝統を大切にする心。
私は実際にバリに行った時に、なんだか神様にバリ島が守られているような・・・そんな感じがしました。
リゾートは世界中にたくさんありますが、バリにはバリにしかない良さがあると思うのです。

それなのに、今回のこの事件・・・大変ショックでした。

神様なんているのかな?おろかな人間の手にかかれば、平和なんて一瞬にしてなくなってしまう。そんな思いが広がりました。

今のところ無差別テロ事件の背景等は依然不明のままらしいですが、アメリカの同時多発テロの時も思ったこと。こんなことして何になるんだろう??私はテロがただ単に破壊主義の考えだけで何の脈絡もなく起こるものだとは考えられません。そんなひどいことをするのだから何か理由があるんでしょ?こう思うのです。しかし、事件に関する報道を見れば見るほど、宗教・民族・思想など奥の深い色々な問題が複雑にからみあって単純に答えのでる問題ではないことがわかります。また、あっけらかんと過去のことは水に流して未来だけを語ることはできるはずもありません。実際、戦争や紛争による悲しい傷を背負ったままの国民や民族はたくさんいるのです。

今でこそ平和な日本も戦争によって加害者であり被害者でもあった時代があったのです。北朝鮮の拉致問題も戦時中の日本による植民地支配が発端です。植民地時代の悲しい出来事を恨みに思うのはわかります。でもだからって拉致をしていいということにはなりません。私は「やられたらやりかえす」という考えには割と肯定派の人間です。しかし、これはあくまで1人対1人の話。国対国がこれをしちゃいけません。戦争をするためには国民の意思とは関係なく国民を駒のように使わなくてはいけません。そして、戦いは犠牲者を生み、犠牲者の家族の恨みを育て、リーダーだけの話合いではおさまらない問題に発展するからです。お互いがお互いの国や民族を思いやり、それぞれの過去について謝罪し、真実を明らかにして、人々が平和に暮らせるようになればいいなと思います。

いろいろな問題を考えさせられる事件でした。

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。
バリ島はもちろんのこと、世界中が平和になりますように。

 
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